関ジャニ歴代脱退メンバーの真相と理由!脱退順の時系列から現在まで総力解説
2004年に8人組として関西から鮮烈なデビューを果たし、日本のエンターテインメント界のトップを走り続けてきた関ジャニ∞(現・SUPER EIGHT)。幾度ものメンバー脱退という大きな試練を乗り越え、現在は5人でグループの屋台骨を守り続けています。
しかし、ファンや多くのリスナーにとって「なぜあのメンバーはグループを去ったのか」「脱退したメンバーは今どこで何をしているのか」という疑問は、時が経った現在も関心を集め続けています。内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の脱退理由からグループ改名の裏にあるドラマ、そして2026年現在の各人の驚くべき活躍ぶりまで、取材現場の視座を交えて真相を紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:脱退順は内博貴(2006年事実上脱退)・渋谷すばる(2018年)・錦戸亮(2019年)の3名で、それぞれ音楽性や自己表現の追求が決断の背景にある。
- 要点2:渋谷すばるの異例の同席生会見や錦戸亮の迅速なソロ始動など、不仲ではなく「表現者としての誠実な覚悟」が根本にある。
- 要点3:2024年のSUPER EIGHT改名を経て、現在は5人のグループと独立組3名が互いにリスペクトを保ちながら各界の第一線で活躍中。
【脱退順の時系列】関ジャニ∞(8人時代)からSUPER EIGHTへの変遷と歴代メンバー
関ジャニ∞はもともと、関西ジャニーズJr.の精鋭が集結して結成された8人体制でスタートを切りました。グループの歩みを振り返る上で、まずは歴代メンバーの構成と脱退の時系列を整理します。
【8人時代の初期メンバー一覧】
- 横山裕(よこやま ゆう)
- 渋谷すばる(しぶたに すばる)※2018年脱退
- 村上信五(むらかみ しんご)
- 丸山隆平(まるやま りゅうへい)
- 安田章大(やすだ しょうた)
- 錦戸亮(にしきど りょう)※2019年脱退
- 大倉忠義(おおくら ただよし)
- 内博貴(うち ひろき)※2006年事実上脱退
グループの歴史において、メンバーの脱退は以下のようなタイムラインで発生しました。
【脱退順の時系列まとめ】
- 2006年12月(内博貴):活動休止を経て専属契約解除、研修生降格に伴いグループから事実上の離脱(8人体制から7人へ)。
- 2018年12月(渋谷すばる):メインボーカルとしてグループを牽引する中、海外での音楽追求のため脱退・退所(7人体制から6人へ)。
- 2019年9月(錦戸亮):グループ結成15周年の節目に脱退、ソロアーティスト・俳優への道を歩むため退所(6人体制から5人へ)。
- 2024年2月:グループ名を「SUPER EIGHT」へと改名し、5人体制で新章へ突入。
内博貴の脱退経緯|活動休止からソロ活動へのシフトと真実
関ジャニ∞にとって最初の大きな転換点となったのが、内博貴の離脱でした。内は当時、NEWSのメンバーも兼任しており、端正なルックスと抜群の歌唱力でグループの絶対的センター候補として絶大な人気を誇っていました。
発端は2005年7月に発生した未成年飲酒トラブルでした。この事態を受け、事務所から無期限の活動休止処分が下されます。その後、2006年末に研修生へと降格となり、グループの公式プロフィールから名前が消える形で事実上の脱退となりました。
しかし、メンバーとの絆が完全に断たれたわけではありません。横山裕や村上信五ら年長組をはじめとするメンバーは、復帰に向けて各所で声を上げ続けました。内自身もその後、少年隊の舞台などを通じて着実に実力を磨き、2007年の少年隊主演舞台『PLAYZONE'07』で現場復帰を果たします。グループへの復帰こそ叶わなかったものの、舞台俳優・ソロシンガーとしての地位をゼロから築き直しました。
渋谷すばるの脱退理由と異例の記者会見|メインボーカルが下した決断
関ジャニ∞の音楽的アイデンティティそのものだった渋谷すばるの脱退は、ファンのみならず芸能界全体に大きな衝撃を与えました。
2018年4月15日、都内ホテルで開かれた脱退記者会見は、芸能史に残る異例の光景となりました。背骨の骨折で入院中だった安田章大を除くメンバー全員が渋谷の隣に並んで登壇し、本人の口から脱退とジャニーズ事務所退所が語られたのです。
会見で渋谷が明かした脱退理由は、「音楽を深く学び、海外を拠点に自分の責任で表現を追求したい」という純粋な音楽的探求心でした。35歳を過ぎ、人生の半分以上をアイドルとして駆け抜けた中で、「この先グループの看板に甘えず、ゼロから自分の音楽だけで勝負したい」という思いが強くなったと吐露しています。
会見中、横山裕は涙を堪えきれずに声を詰まらせ、村上信五は「すばるの覚悟を止めることはできなかった」と無念さと敬意を口にしました。喧嘩別れや活動方針の摩擦ではなく、表現者としての生き様を認め合った上での前向きな決別であったことが、あの生会見の空気感から強く伝わってきました。
錦戸亮の脱退理由|俳優業と音楽の狭間で揺れたエースの独立劇
渋谷すばるの脱退からわずか1年余り、2019年9月に関ジャニ∞のエースであった錦戸亮がグループ脱退と事務所退所を発表しました。
錦戸の脱退理由は、複数の要因が絡み合っています。最大の要因は、「グループとしての音楽表現への向き合い方」と「自身のクリエイティブを迅速に具現化したい」という情熱です。かつてNEWSと関ジャニ∞の兼任という過酷なスケジュールを長年こなし、俳優としても数多くの主演作を背負ってきた錦戸は、常にプロとしての高い理想を追求し続けていました。
渋谷というメインボーカルを失った後、錦戸はグループをリードしようと尽力しましたが、今後のグループの方向性を巡りメンバー間で連日話し合いが重ねられる中で、「全員が納得する妥協点を探すより、それぞれが信じるエンターテインメントに全力投球すべきではないか」という結論に至りました。
錦戸は退所の翌日である2019年10月1日に即座にソロ活動を開始。自主レーベル「NOMAD RECORDS」を立ち上げ、自作の楽曲を次々とリリースするスピード感は、まさに彼が求めていた「ダイレクトな表現の場」を象徴していました。
「不仲説」の真相と絆|横山裕・村上信五らが語った本音と改名への道
主要メンバーの相次ぐ脱退に対し、週刊誌やネット上では幾度となく「メンバー不仲説」が書き立てられました。しかし、関係者の証言やその後のメンバーの発言を検証すると、不仲説は実態とかけ離れていることが分かります。
関西出身の彼らは、ジュニア時代から同じ釜の飯を食い、松竹座の狭い舞台からドームツアーへと駆け上がった戦友です。本気でぶつかり合い、本音をぶつけ合えるからこそ、意見の食い違いが「不仲」として外側に映ったに過ぎません。
横山裕は後に番組内で「あいつら(脱退メンバー)が選んだ道を間違いにしたくないし、残った俺たちがカッコ悪くあるわけにはいかない」と語っています。また、村上信五もグループの看板を背負い続けながら、バラエティ番組等で脱退したメンバーの名を臆することなく出し、彼らの活躍を後押しする姿勢を見せてきました。
そして2024年2月、事務所の体制変更に伴い、グループは「SUPER EIGHT」へと改名。ファン(eighter)とともに歩んできた歴史を象徴する「エイト」の数字を残し、5人で未来へと進む決断を下しました。この改名は、過去の8人時代や7人時代を否定するものではなく、すべての歴史を肯定して進化するためのリブランディングだったのです。
【2026年現在】元メンバー(渋谷すばる・錦戸亮・内博貴)の驚きの活動状況と関係性
現在、脱退した3名の元メンバーはそれぞれ独自のフィールドで圧倒的な存在感を放っています。
【錦戸亮:俳優・アーティストとしての完全無欠のキャリア】
独立後、ソロアーティストとして日本武道館公演を含む全国ツアーを成功させ続けている錦戸亮。近年は地上波ドラマや話題の映画、Netflix作品への主要キャスト出演が相次ぎ、「実力派俳優」として再評価を確固たるものにしました。2024年以降は民放キー局のドラマへの本格復帰も果たし、音楽と演技の両軸で唯一無二のポジションを確立しています。
【渋谷すばる:ブレない魂を宿した孤高のシンガーソングライター】
渋谷すばるは、自身のルーツであるブルースやロックを昇華させた音楽活動を展開。国内外の大型音楽フェスへの出演やアジアツアー、精力的なライブハウスツアーを行い、圧巻の声量と魂を揺さぶるボーカルでロックファンを熱狂させています。インディペンデントな姿勢を貫きつつ、近年は他アーティストとのコラボレーションなど活動の幅をさらに広げています。
【内博貴:ミュージカル界・演劇界を牽引する実力派舞台俳優】
内博貴は、ミュージカルやストレートプレイを中心に舞台界のトップランナーとして君臨しています。シェイクスピア劇からブロードウェイミュージカルの日本版主演まで難役を次々とこなし、その繊細な演技力と確かな歌唱力は演劇界で高く評価されています。
現在では、音楽フェスでのニアミスやメディアでの言及、SNSを通じた間接的なエールなど、お互いがプロとして認め合っている良好な距離感がファンの間でも温かく受け止められています。
【関ジャニ∞メンバー脱退】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関ジャニ∞から最初に脱退したメンバーは誰ですか?
A1:2006年末に専属契約解除・研修生降格となった内博貴です。2005年7月の未成年飲酒トラブルによる活動休止を経て、事実上のグループ脱退となりました。現在は舞台俳優として高い評価を得ています。
Q2:渋谷すばるの脱退記者会見に安田章大が欠席した理由は何ですか?
A2:安田章大は当時、胸腰椎(きょうようつい)骨折の治療中であったため欠席しました。安田は前年の2017年に初期の脳腫瘍(髄膜腫)摘出手術を受けており、その療養中に立ちくらみで転倒し骨折を負っていたことが後に公表されました。会見では安田からの直筆メッセージが代読され、渋谷の背中を押す言葉が伝えられました。
Q3:脱退したメンバーとSUPER EIGHTの現メンバーが共演する可能性はありますか?
A3:公式なグループ共演は実現していませんが、音楽番組や大型フェスでの同日出演、メディアを通じた互いの名前の言及など、交流やリスペクトの姿勢は公に見られています。それぞれの活動基盤が確立している現在、将来的・単発的なコラボレーションの可能性に期待を寄せる声は少なくありません。
まとめ:形を変えながらも進化し続ける8人のエンターテイナーたち
8人で産声を上げた関ジャニ∞は、幾重の別れと困難を経験しながら、SUPER EIGHTという新たな看板を掲げて力強く前進を続けています。メンバーの脱退は決してネガティブな崩壊ではなく、それぞれの表現者が自らの人生と音楽に真摯に向き合った結果導き出された「必然の選択」でした。
5人で巨大ドームを沸かせるSUPER EIGHT、自らの表現を追求する渋谷すばる、多才な表現力で魅了する錦戸亮、そして舞台で輝く内博貴。形こそ分かれましたが、かつて同じ夢を追いかけた8人の男たちは、今もそれぞれのステージでエンターテインメントの真髄を届けています。 (出典: 関 ジャニ メンバー 脱退(Yahoo!ニュース))